鹿島市は「伝承芸能(民俗芸能)の宝庫」と呼ばれるほど、多くの伝承芸能が現在も失われずに残っています。各地区の伝承芸能は大人から子供に代々引き継がれ、地元のお祭りで披露されるのが一般的です。そうした伝承芸能の素晴らしさを広めようと、各地区に足を運ばなくても一度に様々な伝承芸能を見られるようにしたのが、伝承芸能フェスティバルになります。市内だけではなく、県外の伝承芸能が参加することもあり、毎年10前後の団体が出演します。
イベントの会場は、日本三大稲荷の一つに数えられている祐徳稲荷神社です。神社の本殿を背景にステージが設置され、その前には観客席が用意されます。そのため、観客席側からは伝承芸能と祐徳稲荷神社の荘厳な社殿を同時に見られるところもポイントになっています。
遠く離れた県外から見に来る人も珍しくはなく、上の写真のように観客席は常に満席で立ち見がでるほどです。一つの演目は15分から30分程度。全ての演目を見ようとすれば4時間前後のボリュームになるため、気になる演目だけ見に行くのもありでしょう。
ここからは、過去の伝承芸能フェスティバルで披露された演目を一部紹介していきます。年によって出演する団体や内容が変わりますので注意してください。
東塩屋面浮立(ひがししおやめんぶりゅう)
佐賀県の代表的芸能とされており、鹿島市でも様々な地域に残っているのが面浮立です。面浮立とは上の写真のように男性が鬼の面をかぶって踊るもので、豊作を祈願して各地区の神社に奉納されます。その中でも、東塩屋面浮立は船上で踊り士気を鼓舞したものに起源すると言われており、踊りの中に船の上での所作が含まれていることが特徴的です。
面浮立は鬼だけではなく、笛を吹く担当や和太鼓を叩く担当など数十人のチームになって行われます。上の写真の浴衣を着て手ぬぐいで顔を隠した女性は「かねうち」と呼ばれ、鬼が踊っている周囲で鉦(かね)を鳴らします。頭部には華やかな装飾を身につけており、笛や太鼓の音色を聞くだけではなく、見た目も楽しませてくれます。
石見神楽(いわみかぐら)
石見神楽とは島根県で受け継がれている伝統芸能です。石見神楽には多数の演目が存在し、伝承芸能フェスティバルでは代表的な「大蛇(おろち)」が披露されました。
「大蛇」という演目は、ヤマタノオロチと呼ばれる伝説の生物に娘がさらわれ、須佐之男命(スサノオノミコト)がそれを助けるという物語になっています。大蛇はただ止まっているだけではなく、胴体を渦上に巻きつけて一斉に立ち上がるなど、派手な動きが多く含まれています。演目の中で何度も拍手と歓声が沸きあがるほど見応えがありました。
終盤になると、須佐之男命が剣を持って大蛇と戦います。
大蛇が口から火をふくような演出もあり、須佐之男命が苦戦するシーンも見られます。伝統芸能と聞くとゆったりとして動きの少ない踊りをイメージしますが、その常識をくつがえすような演出ばかりです。
全ての大蛇を退治すると終了です。「これは凄いね」という声が周囲から聞こえるほど見応えのある演目でした。
犬王袋鉦浮立(いのふくろかねぶりゅう)
鉦浮立は、面浮立と共に鹿島市を代表する民俗芸能の一つです。大きさの異なる複数の鉦を叩いてリズミカルに音を奏でるもので、面浮立のような踊りはありません。犬王袋鉦浮立は80年以上前から行われているもので、伝承芸能フェスティバルでは子供の部と大人の部に分かれて披露されました。出演者は8歳から70歳近くと年代が幅広く、大人と子供が一緒になって一つの民俗芸能を作り上げています。出演後のインタビューでは、「今後も続けていきたい」と語っていました。
誕生院保育園(たんじょういんほいくえん)
誕生院保育園は、誕生院という鹿島市のお寺にある保育園です。和太鼓など日本の伝統的文化を保育に取り入れており、今回は子供たちがエイサーと御輿(みこし)を披露しました。
この御輿は誕生院保育園の創立60年を記念して製作されました。みんなの気持ちが一つにならないと上手に担げない御輿ということで、「セイヤ」というかけ声を出しながら小さい体で一生懸命に担いでいます。
その後には沖縄の伝統芸能であるエイサーの披露です。黒い衣装を身につけて全身で踊る様子はかっこよくもありますが、やはり子供らしい可愛さも感じられます。
五の宮神社獅子舞(ごのみやじんじゃししまい)
北鹿島地区にある五の宮神社の獅子舞は、人々から災難を退けて家内安全をもたらしてくれると信じられ、現在まで受け継がれてきました。獅子の中に人が入って踊るのですが、視界が狭いにも関わらずまるで獅子が生きているかのように動きがなめらかで、迫力があります。体を大きく動かすたびに風に舞う獅子の毛が見所になっています。
また、獅子の動きにあわせて男らしい大きなかけ声が出されます。獅子舞のかけ声は地区によって異なっており、そこも注目のポイントになっています。1ヵ月半に及ぶ厳しい練習によって会得しただけあり、息のあった動きは必見です。
祐徳稲荷神社祐徳の舞
イベントの会場になっている祐徳稲荷神社からは「祐徳の舞」が披露されました。神社に奉納される神楽舞(かぐらまい:神様の前で披露される舞)は全部で14種類あり、その中の一つが祐徳の舞になります。鶏鳴楽(けいめいらく)と呼ばれ、にわとりの鳴き声のような笛の高い音が特徴になっています。舞を披露している5人の巫女は地元の学生です。華やかな和服で優美に舞う姿は、写真撮影にもおすすめです。
西牟田区鉦浮立(にしむたくかねぶりゅう)
若者の希望で復活した西牟田区の鉦浮立です。笛や太鼓、鉦を鳴らしているのが地元の小学生から高校生で、若い年齢の人が中心メンバーになっています。
新たな試みとして、鉦浮立のリズムに踊りが披露されました。本来の鉦浮立は「聞く浮立」と呼ばれるように視覚的な要素は少ないため、はっぴを着た女性が前面で踊っている様子は新鮮です。終了後のインタビューでは「楽しくて子供たちのいい思い出になった」と語り、観客だけではなく出演する方も楽しめる素敵なイベントであることを実感します。
川内一声浮立(かわちいっせいぶりゅう)
一声浮立とは、鉦や踊りを伴わず大小異なる複数の太鼓を鳴らします。明治時代より前から受け継がれていると言われ、無病息災や五穀豊穣を祈願して地区の氏神様に奉納されてきました。非常に格調が高い民俗芸能で、「ヤーヤー」というかけ声に合わせて太鼓を叩きます。
久保山一声浮立(くぼやまいっせいぶりゅう)
鹿島市の久保山区に伝わる一声浮立です。昭和54年に復活してから、地元の大人と子供たちの手によって現在まで継承されています。なお、伝承芸能フェスティバルの日が雨の場合は、写真のように祐徳稲荷神社の参集殿という建物の中で行われることがあります。
大宮田尾面浮立(おおみやどうめんぶりゅう)
勇壮な踊りが特徴的な鹿島市の面浮立です。秋祭りには五穀豊穣を祈願して地区の氏神様である宮崎神社へ奉納されます。
日本舞踊藤松会(にほんぶようとうしょうかい)
藤松会は創立45年になる日本舞踊の稽古場です。今回は鹿島市にゆかりのある踊りが披露されました。その中の「鹿島小唄」は、夏祭りである「鹿島おどり」で踊る一曲になっています。日が沈んで会場は暗くなっていますが、プロの踊り手らしく洗練された美しい踊りは夜の暗さを感じさせません。
鮒越鉦浮立(ふなごえかねぶりゅう)
鮒越区の鉦浮立は、毎年夏のお祭りで地元の神社に奉納されています。少子高齢化で継承する若者は少なくなっていますが、保存会を結成して受け継いできました。鉦の音だけではなく、和太鼓や提灯にも注目です。
野畠面浮立(のばこめんぶりゅう)
野畠地区に伝わる歴史のある面浮立です。夜の闇の中でも黒い鬼の面の威厳は失われていません。
二人の鬼がにらみ合う所作は、地元の人から「けんか」と呼ばれています。
山鹿灯篭(やまがとうろう)
熊本県の山鹿灯篭です。山鹿灯篭は、金や銀の和紙で作られた灯篭を頭にのせて踊る伝承芸能になります。踊っているのは熊本県の高校生で、全国各地で山鹿灯篭を披露しています。
踊りの動きに合わせて灯篭の光が揺らぎ、幻想的な美しさを感じられます。女性らしいしなやかな動きと灯篭の灯り、美しい着物などが組み合わさり、見ているだけで温かい気持ちになります。
長崎の龍踊り(じゃおどり)
長崎県の代表的な郷土芸能です。長さ20メートル、重さは100キロを越える巨大な赤い龍を器用に動かして、迫力のある龍を表現します。
油津面浮立(あぶらつめんぶりゅう)
鹿島市に隣接する太良町に継承されている面浮立です。地元では、五穀豊穣、豊作、大漁、家内安全を願って奉納されます。
山鹿灯篭(門前商店街)
祐徳稲荷神社の境内だけではなく、参道の門前商店街でも伝承芸能は披露されます。これらは「道行(みちゆき)」と呼ばれ、境内のステージで披露される演目とは異なり、神社の鳥居や門前商店街のレトロな店構えを合わせて写真に収められるところが特徴になっています。
上の写真のように、門前商店街にも多くのカメラマンが撮影に来ていました。神社の参道で伝承芸能が見られる場所は全国的にも珍しいので、写真好きの人におすすめの撮影スポットです。
終わりに
このように、複数の伝承芸能を一度に見られるところが伝承芸能フェスティバルの一番の魅力になります。会場は肥前鹿島駅からバスも通っている祐徳稲荷神社なので、普段であれば各地のお祭りを見に行くのが大変だという人でも、気軽に来て伝承芸能に親しむことができます。伝承芸能は中心市街地よりも地方に多く残っていますから、少子高齢化によって継ぎ手が減り、地元の人で保存会を結成して将来まで残そうと必死に努力しています。こうした地元ならではの芸能は都会に住む人にとって全てが新鮮に感じるはずなので、東京や大阪など遠方から旅行を兼ねて来るのもおすすめです。